阿弥陀寺の桜はマスコミにもとりあげられ、年々花見客が増加している。しだれ桜が梵鐘付きのの櫓門に映えてカメラマンが神奈川、千葉からも朝早くからシャッターチャンスを狙ってやってくる。日本の桜百選にも掲載され、日中は賑わいをみせている。樹齢は300年で、光圀公が植樹されたと伝えられている。背丈がありバランスがとれている満開の桜は圧巻だ。3月末に毎年開花し5日が満開になる。4月10日頃茨城の桜番付横綱格の鹿島八幡神社の山桜が勇壮な巨木に花をつける。50年ほど前目ではそのうえで御座をしき、トランプができるほどであったが落雷により木の幹がえぐられしまった。それでも巨木は生き続けており花をつける姿は生命力の強さを誇示しているようだ。
樹齢500年の大杉は那珂市指定記念物。戦前、大杉に雷が落ち、火事になった。当時の消防ポンプでは届かず消火できず、1週間にわたり燃え、杉の頂点が消し炭となって現在も黒焦げになり、枯れなかった。
鈴木家住宅のもちの木は水戸光圀により、320年前に植えられ、二本に分かれている。片方は雷が落ちて、皮だけで生き残り生命力の強さを物語っている。あまり、手を入れないでの言い伝えがありパワーを感ずるという。額田小学校のもちの木は明治6年の学校創立からあり、旧額田小学校の玄関口まえに有ったのを50年前に現在地に移転され、小学校のシンボルとして地域住民の愛着でも古木である。
二の丸と三の丸の境に鈴木家の柊がある。まれに見る巨木で250年を過ぎるとあるが古老の庭師の話から相当の年月が経過していると言われ比較対象の無いもので戦国期からといえば400年を超える。50年ほど前はこの巨木に刀が刺さっていた事実がある。刀は柊の成長につれ埋もれていった。ある心ない者の手で折られた。曰くつきの巨木である。
水戸光圀公お手植えの真榊はもう320年も経っています。
まさしく神の木なんですね。榊は。
まさしく神の木なんですね。榊は。
阿弥陀寺の銀杏は額田地区の巨木として有名で大きなフクロウが巣を作ったりして入口にある象徴的大樹である。寺の書物の防腐剤や薬としても用いられた。
毘慮遮那寺の銀杏は30年ほど前には3本の大きな巨木であった。本堂建築や墓地建設によって、1本の境内の中央のが残った。大般若経の整理をすべく箱を開けた時に銀杏の葉が挟まり、防虫剤の役割を果たしていたのがわかった。戦国時代からの大般若経を支えてきた銀杏に大きな驚きをかんじている。まさしくこの巨木は境内の中央で長年の歴史を見てきた生き証人である。この場所をパワースポットとしたい。
古く額田城跡の東地区、南地区は有が池という大きな沼があった。その池に日本でも珍しいコウホネ『河骨』が群生していた。その当時の種が土地改良で蘇り黄色い可憐な花をつけている。スイレンの原種とされ池坊の経験者が水を吸い上げない難しい生け花とされる。コウホネは日本原産で北海道から九州まで広い地域に自生する。根室コウホネ、尾瀬コウホネが有名である。
びるしゃな寺は額田城跡の北側にあり、大般若経600巻で有名、源為義公の阿弥陀仏立像も市の指定文化財となっており真言宗のお寺として額田に1192年建立された。牡丹が境内に170本植えられ、つぼみを持ち始めた。4月末から連休に向けて開花する。見事な花が境内を彩る。
4月29日、お寺のご住職から4月末になれば咲くよと言われ半信半疑だったが、やはり、今年も咲いた。得も言われぬ美しさ。日本画を習っている人だったら、書きたいだろうね。雨に牡丹は弱いから今のうちに見てほしい。
4月29日、お寺のご住職から4月末になれば咲くよと言われ半信半疑だったが、やはり、今年も咲いた。得も言われぬ美しさ。日本画を習っている人だったら、書きたいだろうね。雨に牡丹は弱いから今のうちに見てほしい。
明治6年創立の額田小学校、高等科もあって、菅谷、五台、石神から額田に通ったという。もちの木は小学校の象徴的存在、学校便りと表題としても永く親しまれている。60年前よりはもちの木の頂が薄くはなったがまだまだ元気である。樹齢は不明であるも創立からも150年も経っているとすれば、ゆうに200年は超えていると見た方がよい。
4月2日は朝から阿弥陀寺の駐車場は満杯。カメラマンがシャッターチャンスを狙って待機していた。日中の人出は1000名を超えた。しだれ桜も満開に近く観光案内のボランテアガイドも対応に追われていた。。夕方もライトアップにカメラマンが待機、6時30分のNHKの放映はさらに拍車をかけ、続々と詰めかけている。
2015年04月05日(日)
阿弥陀寺のしだれ桜は雨の中にも拘わらず、満開の中賑わいをみせた。額田城跡の人気は根強く城跡への要望にこたえて案内する。こんなにすごいものが額田にあるのが不思議という感じでびっくりしていた。小田原から来た人、那珂湊の女性グループは話していくとこれまたびっくりで何と義弟の同級生だった。日立から来た客は父の知り合いだという。世の中はつくづく狭いものだ。改めて絆を意識する。3日で11回の額田城案内で万歩計が5万歩を超えた。高低差があるのでふくらはぎが悲鳴をあげている。売店のピザパイとおやきを食べながら明日も頑張ろう。昨年案内した人がさくらの若木を寄付してくれた。それが満開なのだ。感慨無量である。