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佐竹義直
佐竹義直は佐竹五代佐竹秀義の二男で額田城初代城主である。佐竹額田10代の礎を築いた。【義重家譜】には次を常陸三郎義直という。額田の祖なり。と記されている。鱗勝院に秀義を弔うため義直が建立したと伝えられ、佐竹氏の五本骨扇に月丸の家紋が今でも使用されている。菩提寺として佐竹氏の墓石がつたえられている。
額田城に関係のある佐竹本家城主 佐竹義重(1186〜1252)
佐竹義重は佐竹本家5代を継ぐ鎌倉時代の武将、初代額田城主佐竹義直の父。
父は佐竹秀義 母は佐竹義宗の娘 幼名は次郎。道号は勝山。官名は右兵衛尉、常陸介、佐竹別当。承久3年(1221年)の承久の乱の際、北条泰時に従い、宇治川の戦いで敵の首級をあげる武勲をたてた。建長4年2月25日死去。